揺れる世界と日本(4)危険な保護貿易主義の拡大を防げ
「グローバル化こそ諸悪の根源」と説く政治家や政党の影響力が欧米で増しつつある。だが、国の壁を高くし、モノや人の流入を抑えれば国民の暮らしは良くなるというのは全くの幻想だ。
誤った認識をもとに保護主義的な政策が広がれば、世界経済の悪化を招き、人々を苦境に追いやることになる。世界のリーダーは一国主義に陥らず、グローバルな協調によって様々な課題を解決する道を模索すべきだ。
国閉じれば経済に打撃
トランプ米次期大統領は選挙期間中、「グローバリズムによって仕事も富も奪われた。必要なのはアメリカニズムだ」と繰り返した。フランスのルペン国民戦線(FN)党首は「今起きているのはグローバリストと愛国者との分裂だ」と断じ、移民受け入れや自由貿易の批判で支持を集めている。
企業の海外移転などで失職した人がいるのは事実だが、グローバル化が雇用や経済全体を悪化させているとの主張には無理がある。
日米欧など経済協力開発機構(OECD)加盟国の輸入額は、2014年に国内総生産(GDP)比で28%と20年間で10ポイントも増えたが、失業率は同水準にとどまる。米国は海外生まれの人口が過去20年で2倍近くに増えたが、それをはるかに上回る雇用が生まれた。
むしろ輸入を含む貿易や移民の増加は生産性や需要を高め、雇用や経済全体にプラスの影響をもたらしているというのがエコノミストのほぼ一致した見方だ。
一方、グローバル化を止めようと輸入品に高関税をかければ悪影響は計り知れない。最大の被害者は庶民だ。日用品の価格が大幅に上昇するからだ。世界的な部材の供給網を活用して製品を生産している国内企業も打撃を受ける。
不当な輸入障壁を設ければ貿易相手国からの報復も招くだろう。こうした悪循環が加速すれば、貿易の縮小を通じて世界経済の失速につながることは、1930年代の教訓から明らかだ。
世界貿易機関(WTO)は昨年の世界の貿易量の伸び率は1.7%と金融危機以降で最低にとどまったと見ている。また、主要20カ国が取っている貿易制限措置は16年10月時点で、6年前のほぼ4倍に膨らんだ。これ以上保護主義的な措置が拡大すれば、世界経済に新たな危機をもたらしかねない。
最も気がかりなのはトランプ米次期政権の動きだ。閣僚などに続々と反自由貿易派を起用している。選挙戦で示唆したように中国やメキシコからの輸入品に高関税をかけるなら世界経済にも激震が襲う。そこまでいかなくても、高関税を脅しに使って対米貿易黒字国に不均衡是正を迫る管理貿易政策に走れば、負の影響が出よう。
米国が先導役を担ってきた自由貿易の原則から逸脱しないよう世界の政治・ビジネスリーダーが新政権に働きかける必要がある。
日本はその一翼を担うとともに、トランプ氏が拒絶している環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を呼びかけ続けるべきだ。
国際協調で課題解決を
TPPは関税削減だけでなく、新しい時代にあった貿易や投資のルールづくりに意義がある。知的財産権の侵害防止や、国有企業への補助金などで競争条件がゆがむのを抑える内容を含む。アジアにこうした質の高いルールが適用されれば、トランプ氏が「不公正」と批判する中国の貿易慣行や通商政策の見直しを促す力にもなる。
自国優先の名の下に一方的措置を取るのではなく、多国間協調によって互いが果実を得るようにする。経済グローバル化の現実を踏まえれば、それがあるべき姿だ。
貿易や投資の分野に限らない。一部の多国籍企業や富裕層が国家間の税制の違いを悪用して課税逃れに走る例が増えているが、これには国際的な協力体制の強化によって効果的に対応できる。国境を越えた資金移動が加速している金融分野でも、望ましい規制やルールについて対話を深めるべきだ。
世界経済の活性化策についても主要7カ国(G7)など多国間の枠組みでマクロ政策の調整を進めていくことが引き続き重要だ。
米国が内向き志向を強め、欧州が英国の欧州連合(EU)離脱や移民問題に揺れる中で、日本に求められる役割は増している。日本が国際協調の推進役としての責任を果たすことは世界だけでなく、自身の繁栄にとっても不可欠だ。