持てる全てで前へ パラ競泳(上下肢障害)鈴木孝幸
パラリンピックの創設者、ルードウィヒ・グットマン博士の「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」との精神を、見事に体現しているアスリートだ。
パラ競泳の鈴木孝幸(ゴールドウイン)。肢体不自由の程度で1から9までクラス分けされる平泳ぎにおいて、障害が重いSB3クラス50メートルの世界記録保持者。金メダルをとった北京パラリンピックの予選で出した48秒49は、いまだに破られていない。
生まれつき右手は肘先がなく、左手の指も3本。右足は太もも付け根から失われ、左足も太ももが半分程度。だがその体を目いっぱい使った泳ぎはパワフルだ。平泳ぎで推進力を生むのは左手に頼らざるを得ないから、腕を高速回転する。
今季引退した北島康介さんの平泳ぎが100メートルで40かきほどなのに対し、鈴木は「50メートルで65かきぐらいする」。1秒で1かき以上のペースなわけで当然、後半になると乳酸がたまる。疲れてくる中でいかにバランスを崩さず、抵抗の少ない姿勢を保ったまま泳ぎ切れるかが勝負になる。
6月にドイツで出した49秒84は今季世界ランク3位だ。「すごく調整して臨んだわけではなかった中で49秒台が出たので自信になった」。リオでは前半飛ばして21秒台、後半は27秒を切るペースでトータル48秒台を狙う。「その泳ぎをしっかりすれば金メダルが見えてくる」と冷静に分析する。
連覇を狙った前回ロンドン大会ではフォームの改良が間に合わず、スランプのまま突入して3位に終わった。環境を変えたいと英国へ渡る。昨年、ロンドンでパラ競泳英国チームのコーチだった女性が水泳部のヘッドをしている大学へ入学。28歳にして1年生の生活に「10年ぐらい若返った感じ。僕もこんな感じだったかと懐かしい」と笑顔を見せる。リフレッシュは成功したようだ。
障害の重さを念頭に、よく「泳ぎでどんなメッセージを伝えたいか」と聞かれる。けれども本人は「勇気を与えるとかはなくて、見る人それぞれの受け止め方でいい。僕はやれることをしっかりやるだけです」。泳ぎの技術、スピード、そして結果にこそ注目してほしい。
=敬称略