米番組配信サービスの数、130超に 一流俳優も参入
フィル・キーズ(米インタートラストテクノロジーズ マネジャー)
米ニールセンの調査によると、2015年の時点で米国では1億1640万世帯がテレビを持っているという。米ライヒトマン・リサーチ・グループの調査では、そのうちの83%は有料テレビ放送(ケーブルテレビや衛星放送によるテレビ放送)を利用している。日本とは異なり、国土が広い米国では地上波放送を利用する世帯が少ない。だが、この業界にも危機が訪れている。
有料テレビ放送の市場を侵食しているのが「OTT TV(Over-the-top TV)」。テレビ番組をインターネットで提供している企業たちだ。
中でも有名なのはシリコンバレーに本社がある米ネットフリックスだ。ネットフリックスは15年末までに米国で4474万の顧客を獲得した。ネットフリックスだけではない。米パークスアソシエイツ社によると、米国には130を超える数の「OTT TV」のサービスが存在しているという。最近では、ハリウッド映画に登場するような一流の俳優たちによる独自の番組作りにも取り組んでいる。番組の中には高画質の画像によるものも含まれている。
ネット動画配信の魅力は、ネットに接続する端末さえあれば、ユーザーはいつでもどこでも好きな番組を楽しめることにある。特に2000年以降に成人したミレニアル世代はネット動画配信に慣れ親しんでいるので、既存の有料テレビから離れている。
すでに米国のミレニアル世代の2割強は、ネット動画配信だけで番組を楽しんでいると言われる。こうした状況は「カッティングコード(ケーブルテレビのコードを切る=契約を解除する)」と呼ばれている。
ミレニアル世代は現時点ではまだ若く、購買力はそれほど強くない。だが、彼らもいずれは結婚したり、家を買ったり、子どもを育てたりするようになり、有力な消費者になる。テレビ番組のスポンサーとして広告を流してきた企業にとって、非常に重要な存在だ。
だからといって既存の有料テレビ放送会社が今のサービスをやめて動画配信に完全に転身するわけにもいかない。将来のビジネスのために、収益を生み出している今のビジネスを犠牲にはできないからだ。
この悩みに答えを出したのが大手ケーブルテレビ会社の米ホーム・ボックス・オフィス(HBO)だ。
HBOは「HBO Now」という動画配信サービスを始めた。これはHBOのケーブルテレビを視聴していない人でも利用できる。これを機に多くの大手テレビ関連企業は次々と動画配信サービスを始めている。
そうした動きを示す例がある。米国の3大テレビネットワークの一角を占めるCBSは人気番組「スタートレック」の新シリーズを地上波放送ではなく、ネット動画配信のみで提供すると決めた。
ネットが利用できる環境であれば、時間と場所に制約されないというのが動画配信サービスの利点だ。しかもサービスを提供するための設備やインフラが低コストで済む。有料テレビ放送や地上波放送が今すぐに消えてしまうと予想されているわけではないが、米国におけるテレビ放送の未来は、動画配信サービスが主流になるのは間違いないだろう。
テレビ番組の楽しみ方だけでなく、テレビに関連する企業のあり方も大きく変わる可能性が高い。
[日経産業新聞2016年6月28日付]