民の創意工夫生む環境づくりこそ
安倍晋三政権は第1の矢(金融緩和)と第2の矢(財政出動)で、経済再生の糸口をつかんだ。そのたすきを第3の矢(成長戦略)につなぎ、今度こそ「失われた20年」と決別する必要がある。
成長戦略の肉づけ作業が始まった。秋の臨時国会には産業競争力強化法案を提出する。消費税増税と経済成長を両立できる効果的な施策を盛り込めるのか。ここがアベノミクスの正念場だろう。
疑問残る官の旗振り
経済力は国力の源泉といわれる。富を生む基盤の強化は日本の魅力を高めることにもなる。その主役は民の創意工夫だ。企業や個人の活力を引き出す環境づくりが国の成長戦略の王道である。
安倍政権がとりわけ企業の活性化を重視するのはいい。しかし政府が特定の産業分野を選別し、官製目標を掲げて育成策を講じる「ターゲティングポリシー」の色合いが濃いのは気にかかる。
省エネ投資や先端技術の実証実験などに動く企業を国が審査し、条件つきで政策減税や規制緩和の特例を認める。一方で過当競争が解消しない業界を国が公表し、事業の再編を迫る――。そんな誘導政策が目立つのは確かだ。
よく考えてもらいたい。成長分野や衰退分野の見極めが政府に本当にできるのだろうか。事業の現場に近い企業や個人よりも目利きの能力が高いとは思えない。
米国のノーベル賞経済学者ミルトン・フリードマン氏の著書「選択の自由」にはこんなくだりがある。「不完全な市場は不完全な政府と同等か、それよりも良い成果をあげるかもしれないのだ」
官の過剰な介入が民の手足を縛り、自由な競争や経済の新陳代謝を妨げるのが心配である。はしの上げ下ろしにまで注文をつけるような政策は慎み、民の障害を取り除く政策に徹した方がいい。
世界銀行がまとめた2013年のビジネス環境調査によると、日本は185カ国・地域のうちの24位で、前年の20位から後退した。税制(127位)や起業(114位)への厳しい評価が際立つ。
アベノミクスの効果もあって過度の円高は修正されたが、それだけで日本企業の重荷が解消するわけではない。海外の資金や人材を呼び込むためにも、自由貿易の推進や法人課税の軽減、大胆な規制緩和に取り組む必要がある。
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加は安倍政権の成果だ。慶大の木村福成教授らの研究によれば、輸出や直接投資には企業の生産性を押し上げる効果もある。こうした恩恵を享受できる自由度の高い協定を望みたい。
踏み込みが足りないのは法人課税の軽減だろう。成長戦略の目玉に据えた投資減税も、景気のてこ入れには一定の役割を期待できそうだ。だが期限つきの政策減税の効果にはおのずと限界がある。投資規模が大きい重厚長大産業に恩恵が偏るという問題も残る。
日本の法人実効税率は約35%(復興増税を除く)で、国際標準の25~30%よりも高い。幅広い産業に継続的な恩恵が及ぶ実効税率の引き下げを検討してほしい。
医療や介護、農業の規制緩和をさらに進め、内需を掘り起こす必要もある。自由診療と保険診療を併用できる「混合診療」の原則解禁などに踏み切るべきだ。
企業改革も緩めるな
安倍政権が企業の活性化に成功しても、雇用の増加や賃金の上昇につながらないと、成長の果実が家計に行きわたらない。そんな好循環をもたらす民の努力も要る。
経営再建中のシャープは、13年4~6月期の決算で営業黒字を確保した。昨年導入した再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度に支えられ、太陽電池事業が急成長したのが一因だという。
一時的な政策効果や円安・株高による業績の改善を実力と勘違いし、多くの企業が経営改革の手を緩めてしまうのでは困る。社員や株主にも還元できるだけの収益を持続的に生むことが重要だ。
企業にとってのキーワードは「開かれた経営」である。M&A(合併・買収)を通じて外部の経営資源を取り込み、成長市場に足場を築く。将来の展望が開けない事業はライバル企業に売却し、違う土俵で勝負する。こうした取捨選択こそが経営の核心だろう。
民の努力が足りなければ、官に介入の口実を与える。ここは企業の踏ん張りどころでもある。