ヘッジファンド(1・2) セバスチャン・マラビー著
時代を画した投資家たちの人物像
アジア危機の翌年だったか。もう記憶も曖昧だが、世界銀行東京事務所に、私たち経済学者が集められ、世銀幹部のスティグリッツから、危機が広がった原因を尋ねられた。彼ですら知らなかったのかもしれないが、ジョージ・ソロス氏のファンドがタイに攻撃を始めた経緯や、その後の国々について検出されていった諸問題が、本書には明瞭に記されている。
ヘッジファンド業界の「史記列伝」と言えるだろう。本書は、黎明(れいめい)期から世界金融危機後まで、時代を画した代表的なファンドを選び、膨大なインタビューに基づいて、リーダーの人物像やファンドの文化などを描く。投資戦略の有効性の解明に加え、滅亡状況も説明しており、投資家だけでなく研究者にも刺激的であろう。
ノーベル賞受賞者もいたファンドLTCMの滅亡は周知であるが、今次の危機を念頭に読むと実に興味深い。LTCMは自己資金を多く投入していたし、ストレステストも実施していた。レバレッジは高かったが、安全なはずだったのである。しかしパニックが起きると、無関係な諸資産が一緒に動き、リスク分散は無効だった。巨大なポジションを手じまおうとすると、模倣者も売りに転じていたし、空売りの標的にされた。
日本のバブル崩壊でも、大もうけしたファンドがあった。タイミングは予知できなかったが、予兆が現れると崩壊を確信したという。当時、日本のファンドマネージャーが8%の収益率を要求されていたので、株式から債券への一斉転換を読めたのである。その後の一時的な反発とさらなる下落も読み込んでもうけた。
ヘッジファンドは有害で規制すべきなのだろうか。巨大な投資は市場を動かし、経済社会に大きな影響を与えてきた。本書は、彼らが悪影響に悩んだり寄付に励んだりする様子や、高配当を受けた大学基金の活躍を紹介してみせる。さらに、「大き過ぎてつぶせない」伝統的な金融機関と違って、公的な保護や救済を求めて来なかった点を強調し、その発展こそが望ましいと説くのである。一面の正しさは否定できまい。
(神戸大学教授 地主敏樹)
[日本経済新聞朝刊2012年9月23日付]