ポスト・マネタリズムの金融政策 翁邦雄著
バブル崩壊後の日銀の苦闘を回想
バブル崩壊後の困難な時期、日本銀行の政策の理論的支柱を提供すべく苦闘したエコノミストによる回想録プラス政策論である。この間の金融政策運営に関心のある人なら、必読だろう。期待に違わず、味読すべき論点が満載である。
書名から惹(ひ)き付けられる。「今更、マネタリズム?」と訝(いぶか)る人が多いだろうが、著者はシカゴ大学で訓練されたエコノミストである。一時期の日銀の政策運営がマネタリスト的であると評されたことも想起して頂きたい。著者は当時の内部観察に基づいて、その評判を否定してみせる。マネタリズムの指導者、ミルトン・フリードマン教授の晩年に関する叙述も興味深い。
しかし、何といっても政策立案に関わった時期の叙述が最大の注目だろう。バブル崩壊直後の著名な「岩田―翁論争」は、マネタリーベースの調節可能性が焦点となり、「短期では翁氏の不能論、中長期では岩田氏の可能論」という結論に落ち着いたと評者は記憶している。それについて著者は、金融緩和の過不足という本質論から外れて「議論が矮小(わいしょう)化され」たと、惜しんでいる。
バブル形成期については、日本の引き締め不足に原因があるとする海外勢からの批判を、消費税引き上げを無視した粗っぽい議論として退けている。日本は先進諸国が陥っている低インフレ、デフレ状況に最初に直面し、新たな政策手法を編み出すなど、日銀は「孤高」の戦いを強いられることになった。クルーグマンなど、世界の名だたる経済学者から提起された日銀批判の論に対しても、著者は粘り強く反論、日銀の立場の堅持に力を尽くした。
その結果、金融政策が経済の撹乱(かくらん)要因となるといったような大過が防げたのは間違いない。ただ、余りに慎重第一の政策運営がインフレ期待の低下につながり、デフレを常態化した面も否めないのではないか。
米国のニューディール政策は個々の政策ではなく、常に挑戦し続けた点こそが高く評価された。翻って日銀の戦いはどうだろう。歴史の中で高く評価されるようになるのだろうか。思索を誘う書物である。
(神戸大学教授 地主敏樹)
[日本経済新聞朝刊2011年7月31日付]