ベビーカーで電車、3割が「迷惑」 大型化で摩擦増加
ベビーカーは家にこもりがちな子連れの親の行動半径を広げる役割を果たす一方、周囲では「車体が場所を取り迷惑」と受け止める人もいる。明確な共通ルールがなく、駅や交通機関などで「こんな時どうしたらいいのか」と利用者、周囲の人の双方が困惑しているようだ。
「ここは通路なので、ほかのお客様がぶつからないよう気をつけていただけませんか」。東京都内のコーヒーチェーン店で働くA子さん(35)は、のどまで出かかった言葉をいつものみ込む。
よく来店する5人ほどの女性グループの1、2歳の子どもたちは店内を駆け回り、ベビーカーは空。満席でも、折り畳まずに広げたままだ。狭い店でほかに置き場もないが、通り道をふさいでいるのは明白。A子さん自身も5年前までベビーカーを使っていたが、混雑した電車や店では「周囲の邪魔にならないよう、畳んでいた」という。
「育児ストレスをためないためにも外出したい」と話す東京都多摩市在住の母親、B子さん(36)は普段、近所での散歩や買い物ばかり。7月、都心での同窓会へ生後6カ月の子どもを連れて行ったが、つい帰りが22時を過ぎてしまった。あっという間に電車で帰宅する会社員らに囲まれていた。座ることもベビーカーを折り畳むこともできなかった。「たまの遠出だと舞い上がり、周りが見えなくなってしまう」と反省する。
2006年12月に「バリアフリー新法」が施行されたのを境に建物や交通機関、公園施設などでエレベーターの設置や段差対策が進み、ベビーカー利用者も行動しやすい環境になった。国内メーカーのコンビによると、これ以降「海外ブランドが目立ち始めた」。従来、親がベビーカーを選ぶ基準は軽量、小型、折り畳みやすさだった。
車体や車輪が大きく安定感があり、石畳の道などで押しやすいよう設計された海外品を選ぶ人が増えた。簡単に折り畳めないタイプや、前輪から後輪までの幅が1メートル超と従来のベビーカーより一回り大きく、重いものもある。
ベネッセコーポレーションが運営する会員200万人のコミュニティーサイト「ウィメンズパーク」ではベビーカーに関する不満や情報交換が尽きない。「ベビーカーでエスカレーターに乗る?」「絶対にしない」「折り畳んで片手でだっこして、荷物持って……大変」「でもエレベーターに乗れないから仕方ない」。母親の間にもマナー知らずの利用者への指摘や周囲への心遣いの仕方が分からないという声が散見される。
ベビーカー利用者は道路交通法では車いすなどの利用者と同じく、一般歩行者扱いになる。ただ商業施設や公共施設、交通機関などで共通のルールがあるわけではない。
西武池袋本店(東京都豊島区)は6月からエレべーター13基のうち、車いす・ベビーカー専用1基、優先3基について、説明役の係員と乗務員を配置した。「優先なのに誰も降りない」「専用なのにベビーカーが乗れない」という客の声が途切れないからだ。
東日本旅客鉄道(JR東日本)にはベビーカー利用者から電車の中での扱い方を教えてほしいという質問が届く一方、「必ず畳むよう徹底して」という要望もあるという。同社は「乗車中に折り畳むことをマナーとして呼び掛けているわけではない。ただ混雑時などは周囲への配慮をお願いしている」という。
「利用者と周囲の人が互いの状況を理解していないのに、不満を分かってと主張し合うと摩擦が起きる」と特定非営利活動法人(NPO法人)マナー教育サポート協会の田中ゆり子さんは話す。ベビーカーの利用者が配慮せず振る舞えば周囲の人の不満は高まるし、「困っているベビーカー利用者を助けようか」という思いも消えかねない。何が不満で何に困っているかをお互いに想像し、知ることが理解の第一歩になるはずだ。
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具体的な振る舞い指南
電車にベビーカーを押して乗車してきたら31%が「迷惑」――。ベビーカーブランド「マクラーレン」を販売する野村プレミアムブランズなどが6月、首都圏在住20~60代の男女1000人に聞いたアンケートの結果だ。特に20代女性に「迷惑」と答える傾向が強かった。
街なかで迷惑だと思う行為(複数回答)は、公共施設の入り口をベビーカーでふさぎおしゃべり(80%)、ベビーカーが2列以上で歩道を占有(77%)、ベビーカーに子どもを置き去り(54%)、狭い通路なのに当然のように真ん中を通る(52%)、通勤や通学で混雑する時間帯にベビーカーで電車やバスに乗り込んでくる(50%)が続いた。
「ベビーカーで立ち止まって集団でおしゃべり。周りの人が困っています。赤ちゃんは放っておかれて悲しいことも」。同社は周囲の人が何を迷惑と思うか、望んでいるかを基に「ベビーカーでおでかけ 知ってほしいマナーの栞(しおり)」を作製、9月にマクラーレンのホームページで公開する。「外出を楽しみたいママたちに、具体的な振る舞いを提案できれば」と担当者は狙いを話す。
ベビーカーでの外出は一歩間違えば危険も伴う。JR東日本は東京都などと協力する「子育て応援とうきょう会議」の活動で、今年から母親と父親向けに計9回、電車でのベビーカーの安全利用の講習会を開いた。
駅ホームには緩やかな傾斜があるためベビーカーの車輪のロックをしないと自然に動くことがある。エスカレーターは緊急停止する可能性がある。遠慮して乗り遅れ、車輪が挟まってもドアが感知しない場合がある――。多くの人が学ぶことで、ベビーカーでの外出への理解につなげたい意向だ。