2020年のマイルス・デイヴィス(4)柳楽光隆
ヒップホップ融合 志半ば ハンコックやグラスパーが受け継ぐ
最晩年、マイルス・デイヴィスは大きな挑戦をしていた。1980年代の「ユア・アンダー・アレスト」「TUTU」でプリンスやマイケル・ジャクソンを意識し、音楽ユニットのスクリッティ・ポリッティを起用してヒップホップに目をつけた。パブリック・エネミーのチャックDやフレイヴァー・フレイヴともコンタクトを取り、独自のヒップホップ創出を画策した。
しかし、91年にマイルスは亡くなる。遺作「ドゥー・バップ」は残...